東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)156号 判決
一 原告主張の請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び審決の理由の要点)については、本件当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。
1 いずれもその成立について争いのない甲第一七号証の一、二によれば、本件実用新案の登録無効審判の請求人である原告が、審判手続において、原告主張の請求の原因四の(1)ないし(6)同旨の公知事実を主張して、本件実用新案の登録を無効にすべきことを求めていたものであることが認められる。
2 そして、前記争いのない本件考案の要旨に、原告本人尋問の結果によりいずれもその成立が認められる甲第三号証、甲第七号証及び甲第一五号証の一、二の各記載、証人東本友治郎の証言により成立の認められる甲第四号証、同証人及び証人大島玉枝の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、鈴の製造業者から釣具の製造業者に転じていた大島製作所代表者大島高は、昭和四一年一一月二〇日頃、東大阪市荒川二丁目四五所在の居宅兼作業場において、釣具の下請け製造者東本友治郎に対し、右高が釣具の問屋である大阪漁具株式会社の社長道中政一から預かり所持していた本件考案と同一の構造のクリツプ鈴を交付して、これを製造するための金型製作の見積を依頼したこと、右高は、右道中から右クリツプ鈴を預かつたとき、それが市販のものである旨聞いていたので、右交付の際も、右東本に対し、右クリツプ鈴が第三者に知られないようにすべきこと等は一切いわず、公然とこれを交付したものであること、その交付を受けた右東本は、これを同所二丁目四六所在の自宅に持ち帰り、その作業台のあたりに置いていたが、数日後、これを右大島方に持参して、口頭で金型の見積を告げるとともに、右クリツプ鈴を同人に返還したこと、以上の事実を認めることができる。
3 そして、前掲各証拠及び成立について争いのない甲第二号証(本件実用新案の出願公告公報)の記載並びに弁論の全趣旨によれば、右クリツプ鈴の交付の時以前から、釣をするにあたつて釣竿に鈴を取り付けることは一般に行われていたこと、右高も右東本も当時専ら釣具の製造やその下請けに従事していたものであること、及び、右東本が交付を受けたとき、右大島がそのクリツプ鈴を漁具の問屋から預かつて来たものであると聞いていたことが認められるところ、これらの事実によれば、右東本は、右クリツプ鈴の交付を受けた際、それが釣具としても使用されるものであると考えたものと推認するに難くない。
もつとも、成立について争いのない甲第一四号証の二中の右東本の供述記載並びに証人東本友治郎及び同大島玉枝の各証言中には、右交付の際に、右クリツプ鈴が歌劇の踊り子用等釣具以外の用途にも使われるようにとられる会話があつた事実が窺われるが、この事実は、必ずしも右推認にかかる事実と矛盾するものとはいえない。
4 被告の本人尋問における供述中以上の各認定に反する部分は、前掲各証拠と対比してにわかに採用できず、他にも右各認定を覆すに足る証拠はない。
5 そして、前記1ないし3に認定した各事実によれば、本件考案は、遅くとも前記大島高から東本友治郎にクリツプ鈴が交付された時点で、公然と知られるに至つたものといわなければならない。
したがつて、右交付が特定人間のものであるとして、これによつても本件考案が公然と知られたものとならないとした審決の認定判断は誤りといわなければならず、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかであるから、審決は、違法としてこれを取り消すべきものである。
三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。